リキ

リキがやってきた

S市に無理して購入した自宅は、相模川が目の前。
近所には、大きな広場や運動場、芝生の広大な公園・・・・
そうです! 私たちは、動物を飼うために、ここに越してきたのです。
今から6年前のこと、ダイビングの先輩でもあるM氏から「犬飼わないか?手放したい犬が居るんだけど、大事にしてもらいたいから・・・」とお話しがあった。
連れて来られた犬は、なんだか・・・斑模様の黒い犬。
ありがたくもらって、勝手口に鎖でつないで、「さぁーこれからお前の家は、ここだよ」
「そうそう、名前は?」 「家では『リキ』って呼んでたんだ」 よしっ!お前は家でも『リキ』だ。
ニコニコ笑って愛想の良い6か月の『リキ』は、こうして、我が家の家族になった。

お腹が弱くて、毎日毎日下痢に悩む日々・・・・M氏の奥さんに聞けば、子犬の頃にコクシジュウムを患い、生死を彷徨ったことがあったのだそうだ。 無理もない。
朝、二階の寝室から、リキの居場所を覗くと、また下痢・・・・リキはすまなさそうに、私の顔を見上げていた。
夫婦の朝一番の仕事は、リキの居場所の掃除から、必ず幕開けになった。
食事の工夫に思考錯誤しながら、ようやくリズムも整ってきた頃、毎回リキを見ては、考えていたこと・・・・ どこかで見たことのある犬なのだった。
私の遠い記憶のなかに、確かに見覚えのある出立なのだ。
ある日、M氏がリキの様子を見に来てくれたときの話の中で、「山梨の犬で・・・・・甲斐犬・・・・」
「アッ!!!」 私の中で、もやもや見え隠れしていた、はるか昔の鮮烈な記憶。
そうだ。 そうだったのかぁ。 あの、福島の磐梯で出会った、熊犬達。 美しい虎毛と、凛とした風貌。
猟師は言っていた「この犬は山梨から連れてきた」と・・・・
あの20年以上も前に私の前に、憧れた、虎毛の犬は、甲斐犬だったのだ。
出会いは長い時を経て、再び私の前に姿を現してくれたのだ。
リキが山肌を疾風のように駆け上がる。 切り立った岩の上から私を見下ろしている。 甲斐犬は山の申し子といっても過言ではない。
直角にも近いような崖でも、なんのためらいもなく駆け上がり、山の険しい沢も鹿のようにはね回る。

リキは、こと、人には寛容で甘えん坊だった。
そこがまた、なんとも言えず可愛い奴なのだ。 そんな一見気性の甘いリキだが、河原で野良犬に囲まれたときは、秘めた感情を露わにして私を驚かす。
正面から向かっていった息子の銀に対して、相手は3匹。
手こずる銀を目の前にして、リキはじっと私の言いつけを守り微動だにもしなかった。
私の足下には、まだ4か月の翔がいたのだ。
翔を守るために、リキには制止を命じた。
3匹なぎ倒し、凱旋してくる銀の後から、ボスであろう、どこからか現れた犬は、銀よりもはるかに大きかった。
不意を付かれて後を取られ苦戦する銀に、リキを放った。
「いけっ!リキ」
リキの駆けつける姿は閃光のように速く、もみ合う銀を瞬時に飛び越え、反対側にいた犬の耳に一撃。
相手に怪我もさせず、一瞬一撃でとらえるリキの能力には、目を見張った。
近所の散歩者を悩ませていた、集団は、それ以来河原の散歩道を、リキに明け渡し、遠くで吠えてはいても二度と近寄ることはなくなった。
猟期に入れば、真っ先にご主人様にご指名いただくには、もちろんリキだ。
真っ白に雪化粧した山々を、無心に走る虎毛の勇士よ。
その姿を後世に伝えよう。
美しく、雄々しく、限りなく優しく・・・・
山々の息吹を体中に感じて、跳べよリキ。
命尽きるまで。